明治時代に匙を投げられた先祖探しの案件を平成のいま

家系図 ルーツ

第78

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1.家系図ニュース~家系図作成の受注を再開しました
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こんにちは、行政書士の丸山学です。

しばらく新規の受注を止めさせていただいておりましたが、家系図作成のお申込みを再開いたしました。各コースの詳細は下記をご参照くださいませ。調査ノウハウ・技術も年々進化させていますので、本当はホームページ内の記述も
更新したいところではありますが、どうにも時間がありません(…なんとか、そのうち頑張りたいところです)。


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◆家系図作成サービス
調査範囲を戸籍取得だけに限るリーズナブルなコース
⇒ https://www.5senzo.net/60.html
 戸籍4系統+歴史探訪報告書コース
 戸籍2系統+歴史探訪報告書コース
 戸籍1系統+歴史探訪報告書コース

戸籍を超えて徹底的に文献調査・現地調査も行うコース
⇒ https://www.5senzo.net/62.html
 200年たどるコース
 400年たどるコース
 1000年たどるコース
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◆twitter『ご先祖探し実況生中継ツイッター』
⇒ https://twitter.com/marujimu

◆書籍『家系図を作って先祖を1000年たどる技術』(丸山学 著)
※無料で「はじめに」部分を公開中
⇒ https://www.5senzo.net/book-kakeizu.html
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2.明治時代にいちど匙を投げられた先祖探しの案件
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今、手がけている九州地区の『200年たどるコース』の案件ですが、ご依頼人の明治期を生きたご先祖様がその時代にいちど先祖探しを自ら行っていて、その資料が残っているという珍しい案件。

父親や祖父が昔、先祖探しをやっていたが結局分からなかったという案件が持ち込まれる事は珍しくありませんが、さすがに明治時代にやって不明だったものを依頼されるのは初めてです。

明治期の方が調べても分からなかったのは、菩提寺を明治初期に変えたのが原因のようです。但し、それでも当時は戸籍を自由に閲覧できた筈ですし(今では見られない壬申戸籍も)、もし閲覧していれば江戸期の菩提寺まで記載されていたのではないかと思います。

しかし、実際にそれをされた様子は残された資料からはうかがえませんので、当時はまたそれなりの事情があったのかもしれません。但し、その明治期の方が(当時)古い墓石を調べた記録は残っていました。当時の記録に「墓石は古く苔がむしていて、よく読みとれない」と前置きしながらも没年月日(江戸期)と戒名が書き記されています。明治時代に苔がむして読みとれない墓石は現在ではいったい、どうなっているのか…

今回、その明治期に調査した墓石の記録をもとに当事務所で近隣のお寺に手紙を出して尋ねていきました。しかし、当時の村域に存在する全てのお寺に確認してもらいましたが、合致する記録は出てきませんでした。そこで、少しづつ範囲を広げて同一宗派のお寺に尋ねていきました。

実はそこでも有効な回答は得られなかったのですが、連絡が取れないお寺が一つだけありました。 まあ、難しいかなあと諦めかけていた時にその連絡が取れなかったお寺のご住職から連絡が入り、「その戒名は当寺にありますよ」と、教えてくださいました。

そして、過去帳を閲覧させたりコピーしたりする事は出来ませんが、お越しいただければ必要な情報をこちらで探しますのでと言ってくださいました。


正直、明治期に調査しても分からなかった江戸期のご先祖探しは相当に困難だなと覚悟していたのですが、これで少し光明が差してきました。来月、現地に行ってお寺を訪問する予定です。郷土史家の方にもご協力を仰ぎます。

また、明治期にこの家が居住していた番地のすぐ傍に現在も同姓の方が住んでいる事が分かりました。こちらの家はおそらく同家系であると思われるのですが、こちらも連絡が付かずに困っています。こちらの家は、現地で直接訪ねてみるしかなさそうです。

さて、明治期にいちど匙が投げれた「ご先祖探し」が平成の時代に完結するのでしょうか? 来月の現地調査が楽しみです。